役者に似せた人形
同志社大学文学部
山田 和人氏


  芸能を伝えるという場合一継承する側だけでなく、それをはぐくみ育てていく観客というか、享受者の問題について考えておくべきではないかというお話をさせていただきます。 ご当地のからくり人形が、どのような意図で制作されたのか、何を当時の人々はおもしろいと感じていたのか、からくり人形の頭(かしら)を例にあげて、お話します。 会場にも展示されていますが、お芝居好きの方からすれば、黒小抽に小刀、江戸紫の鉢巻きに蛇の目傘とくれば、あれは「助六」とすぐにわかる。その立ち姿のすばらしさを見て、市川団十郎を思い出す方もいらっしゃる。あるいは、ご贔屓の役者さんを重ね合わせて楽しむ方もいらっしゃる。見る側は一人形の姿形に、その時々に役を演じた役者を重ね合わせてしまうからおもしろい。そういうところに一人形を作る喜びと楽しさがあったのでしょう。 ご当地の人形の首は、他の人形にはない表情の豊かさと、それぞれに個性的な造型があります。その表情の豊かさは一役者のそれに通じるように思えます。 現在の観客は、歌舞伎そのものをあまり見た事がないのですから、なかなか興味がわかないということになるのかもしれませんが、ちょっとした知識があるだけで、楽しさが広がっていく。やがて、桐生でも復元したからくりをどのように育てていくのか考えていかなければならなくなると思います。その時に、こうした見る楽しさを育てていくことも考えてみてはどうかと思います。もちろん、親しんでもらうために、昭和36年に「ディズニーランド」を制作して上演しているご当地ですから一新作を検討してみるということもいいことだと思います。中学生や高校生の授業やクラブ活動と結びつけて、もの作りの楽しさを体験させるというのもいいかもしれません。 今回は、ご当地に伝承され、最近復元された、曽我の夜討を取り上げましょう。江戸では、曽我狂言はお正月になると必ず上演されてきました。「曽我の対面」は曽我の五郎と十朗の兄弟が父親の敵である工藤祐経を富士の巻狩りの場で討ち果たすという狂言です。「曽我の対面」では、五郎と十郎が朝日奈三朗の仲立ちで、祐経と対面が叶い、敵を前にして力む五朗、それを制する十朗、兄弟の親への忠孝を思いやり、巻狩りの狩屋を通るための通行切手を渡す、祐経と役者が揃って引っ張りの見得で決まる。ここでは、敵を討つためのお膳立てで終わることになります。
 桐生の曽我兄弟のからくり芝居は、これとは別のもので、曽我兄弟が工藤の陣屋に潜入して、腰元の手引きで寝所に忍び入り、見事に祐経を討ち取るという筋立です。三場面で構成され、遠近景に応じて大小三対の兄弟の人形が所作をします。これは、おそらく、「十二時稽曽我」等をもとに脚色されたものかと推測されます。近年、復元された「曽我の夜討」が初演された昭和3年(1928)の正月に、同外題で東京歌舞伎座で上演されています。ちなみに、この時の狂言の評価はあまり芳しいものではなかったようです。人形の顔もよく見ると、曽我十郎が十五代目市川羽左衛門であり、五郎は二代目市川左団次、髭の意休(実は工藤祐経)は、市川中車等、当時人気の役者に私には見えてきます。役者の写真をみると歌舞伎をみて、作者は役者の顔に似せた人形首を製作したと思います。観客もそれを知って楽しんでいたに違いないのです。大芝居の役者の似顔人形ですから、わくわくして見ていたのだと思います。 これを似顔首(にがおかしら)と名づけたいと思います。どうも、役者に似せて人形の首を作るのが流行したことがあったようです。岡山県にもよく似た首が残っています。こちらはからくり人形ではなく、糸操りの首です。 これについても調査しなければなりませんが、作者は菊人形師のようで、昭和初期に作られたとのことです。菊人形師は、生き人形師の末裔です。ご当地には著名な生き人形師松本喜三郎の手になる人形があります。おそらく、こうした風土が似顔首の制作を容易にしたのでしょう。今後、こうした人形がさらに発見されてくる可能性は高いと思います。桐生のからくり人形の発見は、そのきっかけを作る役割も果たしているのです。 桐生からくり人形保存会のみなさんにも、ぜひ芝居の台本を読むなり、芝居を見て、からくり人形の復元に取り組んでいただきたいと思います。また、この伝承を伝えていくための工夫として内容をわかりやすく解説したりして、地域のみなさんに愛されるからくり人形として伝えていただきたいと思います。作る喜びと見る楽しさがひとつになるような民間ベースの文化の保存と創造を期待したいと思います。 また、かってのからくり人形の上演風景を聞き取り調査によって明らかにしていくことも重要な課題と思います。文化を継承していくということは大変難しいことだと思いますが、近年は、文部科学省でも琴や三味線等の日本の伝統音楽や芸能を学校教育に取り組んだり、文化庁でも地方で埋もれた文化の復元に力点を移行してきているようです。こうしたなかで、桐生の町が育ててきた豊かな文化を見直して、地域の活性化に大いに役立てていただきたいと思います。 桐生にはまだ、個人の蔵に 「源氏物語」等のからくり人形があるやに伺いますが、これからも何か珍しい文化財が出て来る可能性があり、おおいに期待しております。

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