桐生に残されていたからくり芝居
国立科学博物館
鈴木 一義
見世物としての「からくり芝居」は寛文2年(1662)に始めて大阪は道頓堀に木戸の呼び声を響かせたとされている。桐生天満宮で昭和36年まで興行され今回再確認されたからくり芝居は、その江戸時代からの系譜を引くものであり日本芸能史上きわめて重要なもの、と考えられる。日本のからくりの歴史を概観しながら、その根拠を述べてみよう。
まず、からくりという言葉であるが、江戸時代のいろいろな書物、ちらしに出てくるからくりには、からくり、カラクリ、絡繰、操、唐繰、機関、機巧、巧機、機、旋機、機捩、関捩、関鍵、器械など多くの文字が当てられている。さらに、のぞきからくりや水からくりといった物や、エレキテル時計、ポンプなどもからくりとして見せ物や売り物になっていたと記録にある。科学的、技術的な理屈はともかく何らかの機構を持って動く物や、種々の工夫を凝らした物など、一般の人々にとってとにかく常識を越えたものがからくりとして捉えられていたのである。それらのからくりは大きく次の3種類に分けることができよう。
(1)「祭礼、祭事のために作られたからくり」
代表的なものとして、台車、山車からくりなどと呼ばれるものがあり、室町期に完成された京都舁山の浮動の立居人形を祖として、その後人形等に動きを仕込んだものが各地に広まった。現存するものも比較的多い。山車からくりはほとんどが糸によって人間がからくりを操るものである。(『曳山の人形戲』山崎構成、東洋出版、昭和56年)
(2)「おもに個人を対象に作られたからくり」
このタイプの代表である台付きの座敷きからくりは平安時代に、貴族の人形飾りの風習から始って、その後一般にも広まり、貴族や豪商などのご祝儀の進物として用いられるようになったものである。これらのからくりは台の横にハンドルが付いており、それを回すと台上の人形などの中に仕込まれた糸が、カム、滑車などによって引かれ、いろいろな動きをする。商品として製作され売られていた台付からくり人形は、個人の所有として大事にされ今に残されるものが多い。
(3)「芝居などの一般大衆への見世物として作られたからくり」
竹田からくり芝居のようにからくり自体を見世物としたものや、人形浄瑠璃の人形仕掛けや歌舞伎舞台のように、舞台演出における巧妙な仕掛けとして使われたものがある。常時使用されるため当時のもので現存するものは少ない。特にからくり芝居においては、商品価値のなくなった時点で処分され、保存されない場合が多い。
また、大衆芸能の代名詞である見世物というのは、「寺社の祭礼、開帳、縁日などにその境域で臨時に小屋掛けをし、また土地の盛り場に常設の場所を占め、入場料をとって種々の珍奇なものや、曲芸、奇術等を見せる興行物」であり、
「・ 奇術(手品)、軽業、曲独楽、曲芸、力曲持、舞踏、武術、などの技術や芸能を見せるもの。
・ 畸人、珍禽獣、異虫魚、奇草木石などの天然珍奇なものを見せるもの。
・ 練物や張抜きの人形、からくり装置、ガラス細工、篭細工、貝細工、菊細工、そのほかの細工物などを見せるもの。(『見世物の歴史』古河三樹、雄山閣、昭和45年)」
と大別され、からくり、からくり芝居も見世物の一つとして庶民の育てた芸能なのである。
桐生のからくりは、この見世物に使用されたからくり、からくり芝居であり、述べたようにこの分野のからくりはこれまで直接的な現物資料はほとんど伝来、伝承せず、わずかに当時の隆盛を思わせる引き札などに、その研究の糸口を繋いでいたにすぎなかったからであるから、桐生資料の今後の調査、研究の非常な価値と期待をまずあげておきたい。
さて、現在でも使用されている江戸時代のからくり技術として、人形浄瑠璃(文楽)や歌舞伎の舞台技術がある。今日、欧米の劇場に見られるまわり舞台やせり上がり等の舞台技術は、日本より伝わった技術とされている。多くの技術が秘伝という形で、一子相伝的に伝えられた江戸時代にあっては、舞台技術もまたその詳細を知り得ることは極めて難しいのであるが、一部についてはいくつかの出版物に見ることができる。安政5年(1858)に出版された『御狂言楽屋本説』に記述された舞台技術のなかで、機構的な技術を持った主なものをあげてみよう。
(1)せり上がり:ろくろと滑車を利用して舞台をせり上げる。
(2)家体つぶし:家の3方の板壁の中央を蝶つがいで止め、舞台天上より4方を紐で釣り上げる。紐をゆるめれば家はつぶれ、引けば元に戻る。
(3)滝車:川模様の布を巻いたローラーを回して、流れのように見せる。
(4)廻り灯篭:滑車を使って灯篭をコマのように回す。
(5)連理引:俗に「はねつるべ」といい、てこを利用して人間などを空中に飛ばせる。
(6)日車首:大きな車輪を作り、そこに人を乗せ穴より首を出させて回転させる。
(7)飛び首:せり上げの台で上がってきた首を、舞台上の横方向に動く突き桶で受け、他方のせり上げ台へと動かす。
(8)水中より出る幽霊:せり上がりを利用する。
(9)横さまに宙乗り:人を腰のところで支え棒に固定して横に回転させ、宙に浮いたように見せる。
(10)宙乗り:舞台天上にレールを敷き台車を置く。台車は回転可能な釣木をつけ、人を吊るす。人は宙をとび、回転する。
この他、人だま(蝋燭を仕込んだガラス玉)を飛ばすとか、遠隔操作であんどんの火を消すとか、様々な仕掛・工夫が見られる。もちろんまわり舞台(ろくろを利用して人力で回転させる)やどんでん返しのような技術も、他の本に散見できる。こうした種々の仕掛けが、その舞台の進行に合せ、システマチックに構成されていたのである。
この様なからくり技術を詰め込んだ見世物小屋は、当時世界最高のインテリジェント・シアターと呼べよう。江戸時代には、同時期の西洋にみられるような蒸気機関を
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