銀鉱が発見されて以来500年の歴史をもつ山あいの静寂な温泉街。最盛期には人口30,OOO人との伝えもあるが、元禄年間に犬崩落が起こり、全山廃鉱となりその後寛保年間温泉地になったと言う。
現在の家並は大正2年の銀山川犬洪水の後建てられた建物が多<、木造3階建、4階建の旅館が並び、情緒ある風景を見せている。設備の近代化のもとに裏側はかなり建替や改装が進んでいるが、ファサードは景観協定により創建当時の大正文化の面影を残す“まちなみ"が残されている。温泉街の奥に5鰭建の望桜を持つ能登屋旅館のファサードは和潅折衷のデザインが面白い。見事な左官の鎖さぱきは伊豆の長八の弟子連の仕事と言われている。各旅館の代表が集まって橋の上で繰り広げられる陀笠踊り』は地域連帯の強さを象徴している。
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