黒幣の天狗

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桐生から古く伝えられる 民話を、
シリーズでご紹介いたします。
お楽しみに........


梨の実と孝子伝


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副題  魔物が住む山頂の梨の実を母に食べさせなければ病気は治らない。
三兄弟の決死の登山を山神が助けた。


桐生市菱町上菱の栃木県との県境に、標高662、9メートルの山がそびえる。かつての菱村の最高峰「仙人岳」である。その山麓を流れるせせらぎが朝日沢川で下流に広がる地域を塩の瀬地区とよぶ。この塩の瀬地区に、むかし母と男の子ばかり三人の貧しい親子が住んでいた。

兄弟三人は実に仲のよい働き者で、長男は山へ薪切りに、二男は母の手伝いに、三男は桐生の町へ薪売りにと骨身を惜しまなかった。そのため、貧しくても親子は幸せな生活を送っていたのである。

この幸せな親子の家庭をある日、突然に不幸が襲った、過労から母が重い病に倒れ、床に臥してしまったのである。兄は昼夜の区別なく手厚い看病を重ねたが、母の病はよくなるどころか、悪化の一途をたどるばかりであった。

大きな悩みを抱えながらも、兄弟は仕事を休まなかった。そんなあるとき、三男が薪売りの帰り道に町はずれで一人の老人に呼び止められた。そして、「そなたの母の命は、明日まではもたないだろう。もはやどんな薬石も効をなすまい。あとは「仙人岳」の頂上の梨の実をとってきて、母に食べさせるしか手はない。やってみるがよい。」足を止めた三男に、老人はこう告げたのである。

老人への礼もそこそこに、飛ぶように立ち帰った三男からの話に兄たちは大いに喜んだ。がこの地域には「仙人岳には昔から魔物が住んでおり、登ったものは誰一人として帰っていない」との伝えがあり、兄弟は喜びながらも顔を見合わせるばかりだった。

深夜長男がそっと家を抜け出した。母を救いたい一心が、ついに決死の仙人岳登山を決心させたのである。二男もそれに気付いて兄の後を追い、途中で合流して山頂を目指した。そして三男も夢枕に立った仙人に兄弟の危機を知らされ、床をはねのけると深山に分け入った。三男の手には、いつの間にか仙人の持っていた弓矢が握られていた。

頂上に着いてみると、兄二人が魔物に今まさに喰われんとしているところだった。三男は無我夢中で手にた弓に矢をつがえ、魔物目がけて射かけ、兄たちの危急を救うと、兄弟三人で今度は力をあわせて魔物と戦った。

三男の射た矢で痛手を受けた魔物は、ついに地響きを立てて倒れた。すると大地がすさまじく揺れに揺れた。魔物の断末魔のあがきだったのだろう。魔物が静かになると、大地の揺れもおさまった。見ると目的の梨の大木も根元から倒れていた。

兄弟は互いに喜びあい、大木から梨の実をもぐと、暗い山道をかけ下り、生死の境をさまよう母の口に梨の汁を注いだ。すると蒼白だった母の顔にポッと赤みがさし、兄弟を安堵させた。

母の病気が回復したころ、「三男に仙人岳の梨の実のご利益を告げた老人も、弓矢を与えて兄弟を救わせた仙人も、仙人岳の山神様だったにちがいない」と里人が語り合っていた。

親子が日頃深く山神を信仰していたことから、山神がこの親子の難儀を救ってくれたとのだと言うわけである。

このこともあって、親子の山神信仰は、更に深まり、沢の途中に山神を安置して信仰し、毎年欠かすことなくお祭りをも催すようになった。そして前にも増しての幸せを味わう日々を送るようになったと言う。

現在の仙人岳山頂の平地は草木が繁茂するばかり。でも、山頂から四方を見渡すと「むかし仙人も魔物も本当に住んでいたのかも・・・」と言った錯覚に陥らせるほどに、緑濃い峰々が連なっているのである。

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参考

仙人岳(せんにんだけ)

菱町、栃木県小俣町、三和村の二町一村にまたがる山で、沢や谷の多いことでは、近隣第一と称される。標高は662、9メートル。この山には地図測量の基点となる礎石が置かれている。

塩の瀬地区(しおのせちく)

村に鎮守である塩之宮神社の前に、瀬をなす川があったことから地名になったと言う、現在は桐生市菱町上菱の一地域である。

この稿おわり

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