黒幣の天狗

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桐生から古く伝えられている民話を、
シリーズでご紹介いたします。


菱町二丁目

桐生市菱町黒川(菱町二丁目)の山あいに虫除け、虫封じ、そして四方竹と大王 松で知られる名刺田沢山、泉竜院(せんりゅういん)(曹洞宗、本尊釈迦如来、 伝応永二十四年=1413年創建)がある。 寺の周辺には見事な赤松で覆われ、寺域の荘厳さと重厚さとが形成されている。
むかし、ここに大きな池があって、コウ竜が一頭住み着いていた。そして、作物 や家畜はもちろん、時には里人にまでも危害を加える、暴れ放題を重ねていたの である。
どんなに危害を加えられようと、相手が相手だけに村人にはなす術もなく、ただ ひたすらに神仏の加護を祈る不安な毎日だった。

それがある日突然に山崩れが起きて、コウ竜を池もろともに地下に埋没し、村人 は不安を一挙に解決したのである。村人は「これぞ神仏加護」とコウ竜埋没の地に一宇を建てて平和再来を喜び合っ た。その一宇が今の泉竜院である・・・との変わった由来を持つ寺でもある。

この珍しい草創伝承を持つ泉竜院に「身代わり観音」と呼ばれる鉄造りの立像仏 がまつられていて、今も信仰の尊さを現代人に語りかけてくれている。

幕末のころ、地元村民の信望を一身に集めていた名主があった。山越源右衛門で ある。
源右衛門は、天正元年(1573年)三月、大田、金山城主、由良成繁勢の桐生 攻めのおり、敗色濃厚となった桐生勢の士気を鼓舞しようと、家老職の身であり ながら自らも出陣。由良勢を浮足だたせる大奮戦の後、刀折れ矢尽きて華々しく 散っていった山越出羽守の子孫という、武門のほまれ高い山越家の当主であっ た。

流石に名門の出である源右衛門は村の隆盛に腐心し、家業(機業)の繁栄をも実 現させたが、おごる心は全くなく大勢の下男、下女でさえも「このご主人のため なら・・」と身を粉にして働くほどの大人物であった。村民の人望を集めるのも うなづけるわけである。同時に源右衛門は「名主さまのお宅には、千両箱が山と 積まれているそうな」と、村人がやっかみ半分の噂をするくらいの資産家であり、また、大なる信心家でもあった。
家の中に観音様を安置して、日夜、灯明、供物、線香の煙を絶やさないと言う仏道篤信の人だった。

さて、ある夜のことだった。異様な物音に源右衛門は夢を破られた。おっとり刀 で裏の蔵へとかけつけると、今まさに一人の賊が、蔵の錠前を破って侵入しよう としているところだった。もちろん山越家の財産目当ての賊であった。 さすがに武人の血を受け継ぐ源右衛門、太刀を抜き放つと、そのまま賊に飛びか かって行った。が、腕は賊の方が一枚も二枚も上手だった。

源右衛門は次第に切り立てられて、庭の隅に攻め込まれた。賊が凄まじい形相で 迫った時は「いよいよ最後」と覚悟をし目をつむったほどだった。 と、突然にするどい金属音が源右衛門の耳を貫いた。見ると切られたはずのわが 身は無事で、眼前に真っ二つなった像が転がっており、すでに賊の姿は消えていた。
二つになった像は源右衛門が日頃信心していた鉄造りの観音様だった。 源右衛門は「なぜ、ここに観音様が・・・」と、あまりの不思議さに驚いた。 そして、その場にひざまづくと二つになった像をおしいただき、ただただ、その 加護に感謝するばかりだった。


源右衛門は、翌朝にこの観音像を泉竜院に納め、ねんごろに供養した。嘉永元年 (1848年)の事だった。

以来この観音像は村人から「身代わり観音」「胴切り観音」とあがめられて、信 仰心の大切さを世の人々に伝え続けてきたのである。

時の流れは、早くも百五十年が去った事を教えている。


参考

泉竜院(せんりゅういん)菱町二丁目
菱町二丁目(旧、黒川)の雷電山山麓に広大な寺域をもつ寺で山号に田沢院のほ か青松林の別称をもつ。虫封じ、厄除けの霊験あらたかな寺として、多くの人々 がこの地を訪れる。
桐生川にかかる幸橋を渡り、菱小学校を越えると間もなくのT字路を左折、しば らく行くと左側に赤松の大樹群があらわれる。そこが泉竜院の参道であるが、さ らに直進して左折すると駐車場もあるので参拝にはそちらを利用すると便利である。

郷土史研究家 清水義男氏著「黒幣の天狗」より抜粋
写真撮影 小川広夫  ホームページ作成 斉藤茂子

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