黒幣の天狗

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桐生から古く伝えられている民話を、
シリーズでご紹介いたします。
お楽しみに........

境野2丁目
月もない真っ暗な夜、樹齢数百年の大木から妙な音が。。

JR両毛線の元、東桐生駅近くに、境野町の旧家、真井家(まないけ) の墓地がある。かつては、その墓地内に、樹齢数百年といわれたサトンゴ(けやき)の大木が立っていた。
このサトンゴは、幹や枝に刃物を当てるとタタリがある言い伝えられ 枝おろし一つでさえ、人々が尻ごみするほどに恐れられていた。 事実、この木に刃物を当てたがため重傷、死亡事故となった例は枚挙 に暇がなかった。

でも救いはあった。それはこどもだけには、どのようにされようとも決してサトンゴは罰を与えなかったことである。 このサトンゴには土地の人々から「クダ巻き婆さん」と言う変わった 呼び名が贈られていた。それはこんな出来事があったからである。

ある暑い夏の夜の事だった。あまりの暑さに近所の人々は、縁台で ウチワを片手の夕涼みとシャレこんでいた。その夜は、外の風一つ なくて、屋内同様にむし暑く、手にするウチワの動きばかりがせわし くなるだけだった。

月の姿も、何時の間にか雲間に消えていた。その暗い夜空を見上げた 里人の一人が「おやっ?」
と小さな声をあげて、あたりを見回した。
「今、妙な音が聞こえたぞ。ほら、また聞こえた。」 その言葉に、周囲の人達もウチワを動かす手を止めて聞き耳をたてた。 うっかりしていると聞き漏らしてしまうような、小さい音だったが、 妙な音が確かに聞こえるのである。
カラカラカラ、ブーン、ブーン。カラカラカラ、ブーンブーンと... 人々は
「音の出場所はどこだろう」
と耳をそば立てた。そしてそれが、なんと夜空に一段と黒くそびえる サトンゴのあたりからであることを知り、こわごわと互いの顔を見合 わせた。
カラカラカラ、ブーンブーン。カラカラカラ、ブーンブーン その夜は、大勢の人がこの不思議な音を耳にしていた。以来時には高 く、時には低くこの奇妙な音が人々の耳を打つようになった。

カラカラカラ、ブーンブーン カラカラカラ、ブーンブーン それがこの音はきまって月の出ていない、暗い夜に限って響いてくる のだった。しかもそれをジーッと聞いていると、ちょうど、糸つむぎ のクダの回る音のように聞こえる事に気付いた。 そのため、誰言うとなくこの音を「クダ巻き婆さん」と呼んで気味悪 がった。

それでも、さすがは血気盛んな若者たちである。音の原因究明と度胸 試しがてら、月の出ない晩を選んでは、サトンゴの近くに陣取り、不 寝番を決め込む者もあった。
ところが、なぜかそういう晩に限って、クダ巻き婆さんやって来なか った。
この不思議さが、人々をいっそう恐怖の渦に巻き込んだのである。

ところで、サトンゴは寄る年なみから幹に大きなウロが出来ていて いつ倒れるかわからない危険性があった。
その危険性を取り除くために「こども達のオモチャを作る」ことを 理由に伐り倒すことになった。もちろん「サトンゴ」のタタリを恐れ ての表向きの理由である。
それから数日後、長い歴史を刻んできたサトンゴは、青空に大きな 弧をえがき、土煙をあげて倒れ、その生涯をとじた。 すると、その夜から、クダ巻き婆さんの音もばったり跡絶えたので ある。

音が消えて暫くの歳月が流れ去った ある年のこと、サトンゴの大きな切り株に、たくさんのキクラゲ (食用茸の一種)が生えた。それもびっくりする程の大量のキクラゲ だった。
これを見た、人々は口々に
「これはクダ巻き婆さんからの贈り物だ」
「そうだ、長い間、わしらを恐ろしがらせたおわびのしるしだ」 と噂をしあった。
この贈り物以来、あの恐ろしかったころの思い出が、なぜか今はなつ かしい出来事のように変化し、人々は、今でも時々クダ巻きばあさん の噂を語りあっているのである。

真井家墓地(まないけぼち) 境野町2丁目

真井家は、境野町の旧家の一つで、明治初期までは境野町諏訪にあった 法性院塾師匠・真井宗周法印をその祖とする。 閉塾時も四十人余の弟子が勉学にいそしみ、閉塾を惜しんだと言う。

宗周法印は、明治三十年十一月に八十歳で没したが、教えを受けた人々 がその徳を慕って
「みちびきし まなびのおやとしたう子の めぐみわすれぬ こころをぞ知る」 と言う碑を境野小学校に建てている。

郷土史研究家 清水義男氏著「黒幣の天狗」より抜粋
写真撮影 小川広夫  ホームページ作成 斉藤茂子

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