黒幣の天狗

桐生から古く伝えられている民話を、
シリーズでご紹介いたします。
お楽しみに........


相生町2丁目

慶応4年、当時の横綱・秀ノ山雷五郎の出した
『4本柱免許状』が伝えられている神社が、桐生市相生町2丁目にある。
旧字下新田の愛宕神社がそれである。
愛宕神社は、万治元年(1658)9月の創建で、祭神は火産霊神ほか9柱。
この神社の境内には、大きな水鉢(手洗い石鉢)が今も覆屋内に見られる。
この大きな水鉢に次のような伝説が語りつがれている。

むかしのこと、当地に森田十兵衛さん夫婦が住んでいた。人情味の深い夫婦だった。その十兵衛さん夫婦が、なんと三日三晩も続けて同じ夢を見るという不思議な経験をした。その夢とは…。

ある夜のこと、連銭葦毛の馬にまたがられた愛宕の神が、十兵衛さん夫婦の夢枕に立たれて、
『十兵衛、十兵衛。』
と呼びかけられた。そして、
『十兵衛、そなたに頼みがある。そなたの裏山の石をワシにくれまいか。ワシの頼みを聞き入れてくれるなら、そなたの親切と正直にめでて、そなた夫婦が一生安楽に暮らせるように取り計らってあげるが、どうじゃ。』
と、十兵衛さんに石の所望をしたのである。

十兵衛さんは、日ごろ信ずる愛宕の神の申し出でもあったし、夫婦そろって同じ夢を三晩も見るという不思議さにうたれて、一も二もなく喜んでお受けした。

夜が明けると、十兵衛さんは一丁のクワを手に朝露光る裏山に登った。そして愛宕の神の所望する石のかたわらに立った。石は地上一尺(30cm)ほどに頭を出して、朝の光りに輝いていた。
『愛宕様は、こんな小さな石を一体どうなされるのか?』
と、いぶかりながらも十兵衛さんは、持参したクワで石の掘り起こしにかかった。

ところがー、ところがである。一見しては小さいと思われた石だったが、掘れば掘るほどに地下にドッシリと重く構え、とても一人や二人の手に負えるものではない。十兵衛さんは急ぎ家に取って返し、人夫をかり集めると小半刻後に再び現場にもどり、作業にかかった。

長い時間、多勢が汗まみれ泥まみれになって、やっとの思いで掘り起こした石…、それは畳十畳はタップリと敷けるほどの大石だった。

吹き出した大汗を手拭いでふきとりながら、十兵衛さんは、
『愛宕様は、ほんとうに何になされるつもりなのだろう?』
と、いろいろと思いめぐらせ続けた。

しばらくして、十兵衛さんはポンと膝を叩くと、笑みを浮かべて立ち上がった。
『そうか、そうか、愛宕様にはまだ水鉢がなかったわい。だから、愛宕様はワシにこの水鉢をつくってくれいというんじゃろう。』

こう思いつくと十兵衛さんは一息入れるや、その大石を山から降ろし、最も質のよい部分を選んで、大きな水鉢をつくり上げ神社に奉納した。

もちろん、いかに大きな水鉢をつくったとはいえ、一つだけでは、とうてい大石は消費しきれるものではない。そこで十兵衛さんは、さらに参道の敷石の全てを新しくし、社殿周辺の石垣をもしっかりと積み直して神社の様相を一変させてしまった。

このジュウ兵衛さんの奉仕ぶりに愛宕の神は珠のほか満足して、約束通り、その後の十兵衛さん夫婦の幸せな生活を実現させてくれた。


メデタシメデタシのこの伝説には、後日譚がある。それは、この大石、それでもまだ大量に残った。その石材を使って十兵衛さんは、桐生=伊勢崎街道を横切る大同掘(広沢用水)に立派な永久橋を架けたのである。

大同掘の橋は、木橋であったため増水のたびに流失し旅人を困らせた。それが十兵衛さんのおかげで難儀が取り除かれたのである。人々の感謝の気持ちはやがて『大同掘の石橋』伝説まで生んで後世に伝承された。

さて、先の愛宕神社の水鉢のことだが、側面に『奉献産中寛政9年(1797)歳次 秋8月』の銘が残されている。

この銘から察するに、愛宕の神と森田十兵衛さんの夢の中での出会いの時期は、今から200年ほどむかしのことだったのかもしれない。

愛宕神社(あたごじんじゃ)

国道122号線を広沢町から相生町方面に向けて直進し、旧群馬県衛生所(国重文)の建物を右に見ながら、さらに歩を進めると、この愛宕神社の社前に出る。
 
神社の創建は山田郡誌によると万治元年(1658)9月24日となっているが、慶長3年(1599)説、明暦2年(1656)説もあって定かでない。祭神は火産霊神。

万治元年に石鳥居を建て、遷宮式を行ったときに、相撲を奉納したところ、これが、その後神社の恒例となって『相撲の神社』として知られるようになっている。慶応4年(1868)に当時の横綱・秀ノ山雷五郎の出した4本柱免許状(今の公認競技場にあたる)が、保存されているという。

郷土史研究家 清水義男氏著「黒幣の天狗」より抜粋
ホームページ作成 斉藤茂子

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