黒幣の天狗

桐生から古く伝えられている民話を、
シリーズでご紹介いたします。

 東七丁目

緑がまぶしく目に映る初夏・・・今日も東七丁目の「清水町児童遊園地」では、元気な声をあたりに響かせ、コマネズミのようにすばしこく動き回るこども達の姿があって、通りがかりの大人達のあゆみをいっとき止めさせていた。こども達の「若き特権謳歌」、大人達に若い頃の思い出をホウフツさせ、その心をなごませるからなのだろう。

このこども達の天国、児童遊園地には、実に見事なヤナギの大樹がまるで遊園地全体をかかえこむようかのように、枝々を高く大きく広げてそびえ立っている。


この大樹が県指定天然記念物の「桐生大炊介(きりゅうおおいのすけ)お手植えの柳なのである。種類は「アカメヤナギ」でかたわらに立つ案内板には「樹齢460年余、目通りの大きさ4・57メートル、昭和27年11月10日、県天然記念物指定」とある素晴しい老樹でもある。

ところで戦乱そして都市化の波に押し流される事なく、一本の幼樹が、どのようにして五百年近い年輪をもつ大樹に成長し得たのだろうか、そのいわれと原因を探ってみる事にする。

アカメヤナギがこの地に植えられたのは、永正期(室町時代)と伝えられる。今でこそ人家が密集するこの辺り一帯も、その永正期は「荒戸野」とよばれる寂しい土地であった。人家もなくキツネやウサギなどが跳梁する、文字通りの荒れ野原だったのである。時の桐生領は、十三代領主・桐生重綱公が支配していた。武勇を尊ぶ領主・重綱公にとっては、ここ荒戸野は絶好の狩り場であった。

永正十二年(1516年)にも、重綱公は荒戸野で大規模な狩りを催した。家臣の鍛練と武勇鼓舞が目的であった。この年は、北条早雲が三浦道寸を滅ぼしたとの報も伝わり、風雲急を
告げる時でもあった。そのためか、この日の家臣らの働きは目ざましく、殊のほか獲物も多くて、陣頭指揮の重綱公の心を満足させていた。家臣たちの収穫の報告に、いちいち大きくうなずき、時には賞賛の言葉さえ与えるほどで、その機嫌のよさがうかがえた。

再び勢子たちが獲物を追い立てに移った。勢子たちの喚声に追われてイノシシやキツネ、ウサギなどがそこここに姿を見せ始めた。それを重綱公が目ざとく見つけて身を乗り出した時であった。愛馬「浄土黒」が、何ものかに驚いてひと声高くいななくと、前足をけりあげて棒立
ちとなり、次いでドウッと音を立てて卒倒したのだった。騎乗の重綱公は、はずみで地面に叩きつけられるように投げだされてしまった。

驚いた重臣たちが走りよったところ、落馬の打ちどころが悪かったらしく、重綱公は脂汗をうかべ、顔面蒼白で苦しみに耐えていた。浄土黒は即死であった狩りは即座に中止され重綱公は急拠、町屋の館へ運びこまれた。しかしよほどの不運、家臣らの手厚い看護の甲斐もなく、重綱公は不帰の人となってしまったのである。

嗣子、大炊介公は、父の野辺送りをすませると、父の最後の地となった荒戸野を訪れた。そして大馬神に遭遇して卒倒死したといわれる、浄土黒の死がいをその地に埋め、ねんごろな弔をした。その浄土黒のなきがらの上に一本のアカメヤナギを植え、大炊介公は「浄土黒よ、あの世とやらでも父を背にして存分な働きをしてくれよ」と生ける人にでも言うようにソッと語りかけたのである。
大炊介公は、その後、桐生家を継ぎ、桐生歴代の大英主とたたえられるほどの名君になった方だが、この時ばかりは、父の不慮の死と言う不運と試練にジッと耐えていたのである。



あの時に植えられたアカメヤナギが、四百六十年の年輪を刻んで児童遊園地に今日もそびえる。このヤナギを傷つけると血が流れ出す。たとえ枝一本でも切り落とすとタタリがあると言い伝えられ、人々を近寄らせなかった事が大樹となれた理由であった。

この忌まわしい伝承も知ってか知らずか、アカメヤナギのまわりからは終日、こども達の明るい声が響き渡ってくる。その元気なこども達に注ぐ初夏の強い陽ざしを柔げるかのように、アカメヤナギは枝を思いっきり広げる。

アカメヤナギ・・・。過去の暗さは今は微塵もなく、こども達のよき友達になりきっている。県指定天然記念物として、老後の保証が約束されているせいだろうか。


参考  桐生重綱公(きりゅうしげつなこう)

桐生家第八代領主。重綱公の代におよんで、桐生氏の勢力は足尾沢方面へ発展した。そして桐生一帯の大部分は、この頃、桐生氏の支配下に入ったとされる。同時に、川内の小倉付近に定住していた薗田一族の助力依頼に応じた由良氏との対立も生じ、後々の紛争の種子もまかれたものと伝える。弘治元年(1555年)四月、狩りの最中、不慮の死を遂げた。


郷土史研究家 清水義男氏著「黒幣の天狗」より抜粋
写真撮影 小川広夫  ホームページ作成 斉藤茂子

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