からくり人形といえば、差し出した両手に茶わんを載せると動き出す「茶運び人形」などがよく知られている。だがセットや小道具までそろった舞台で「忠臣蔵」「源氏物語」などをからくり人形が演じるTからくり芝居Uなるものがあるのをご存じだろうか。 ********************** 天満宮御開帳に合わせ江戸時代から昭和初期まで盛んに上演されたというが、道具や人形の多くは現存しない。ところが群馬県桐生市では十年ほど前から、昭和初期から半ばまでに作られた「からくり芝居」の人形5セット33体や舞台の設計図などの資料が続々と発見されている。人形が背景や小道具と共に残っているのは全国で桐生だけだ。私は昨年、18人の仲間たちと「からくり人形研究会」を立ち上げ、からくり芝居の再現に取り組み始めた。 桐生のからくり芝居は天満宮の臨時大祭(御開帳)に合わせて各町内が競って製作し、市内の目抜き通りで上演していた。臨時大祭は不定期に開かれ、からくり芝居の始りは定かではないが1852年(嘉永五)から1961年(昭和36)を最後に計8回上演された記録が残っている。 桐生市立郷土資料展示ホールの調査協力委員長を務める関係で、88年に同館が「郷土の祭り」展を企画したのを機に「人形や資料が残っていますよ」という市民からの連絡を受けるようになった。個人のお宅の蔵に駆けつけ、茶箱を持ち帰って開けたところ、28年(昭和3)の吉良邸のセットが出て来た。61年の「曽我の夜討ち」のセットは木箱に入れられ、30年あまりも民家の蔵の奥で眠っていた。木箱をのぞいた日本人形劇センターの宇野小四郎・前理事長と国立科学博物館の鈴木一義研究官が「気絶するほど驚いた」と語るほどの貴重なものである。今でいう新聞の折り込み広告で、演目と芝居の場面を木版画で刷った明治時代の「引き札」も見つかった。 「曽我の夜討」については当時の上演を撮影した8ミリフィルムと舞台の設計図も残っており、さっそく我が研究会ではこれを参考に再現に乗り出した。近松門左衛門の歌舞伎から曽我兄弟の敵討ちの一場面を抜き出したものである。 **************************** 遠近法考え2体用意 設計図によると、舞台は間口十五尺(4.5メートル)、奥行き九尺(2.7メートル)。四十八、五十八などと記されているのは円盤の回転数だろう。研究会メンバーの石井実氏が52年に担当した芝居「源氏物語」では、舞台の下にしゃがみ込んでようやく入れるくらいの空間があり、オルゴールに使われるドラムを巨大化したものを回して人形を動かしたという。 フィルムを見て私たちは仰天した。音楽が鳴り出すと、高さ三十八センチの曽我十郎・五郎の人形が手足を動かしたり、振り返ったりしながら舞台手前を右から左へと移動する。床板には溝が刻まれ、人形は舞台の両端で反転を繰り返し、次第に舞台奥へと進む仕組みだ。兄弟が屋敷の門に近づくと、扉が自動的に開閉する。そこへ行灯(あんどん)を持った女が登場して二人を先導して舞台裏に消えていく。遠近法を考えて、同じ人物には大きさが異なる二体の人形が用意されており、今度は曽我兄弟の小型人形が舞台奥に現れる。夜具をはぐと工藤祐経が起きあがり、切られて倒れる。 スローモーションを見ているような動きだが、研究会の佐藤貞巳氏は「兄弟が刀を構える時はバッと速く、切られた祐経はゆっくりと倒れている」と主張する。実際そのように見えるくらい、実に精巧に、丁寧に作られている。織物がまだ盛んだった当時、桐生のダンナ衆が大枚をはたき、一流の機職人に細工させたのだろう。 *********************************** 現代版人形作りも計画 再現にはまだ時間がかかるかもしれないが、有り難いことに桐生には機料品店が残っているので、からくりに使う織り機の滑車やスプリング、織り糸を操作する「かつ糸」などは簡単に手に入る。衣装用の布地や染料、顔料しかりだ。研究会メンバーも元・時計技師、撚(より)糸屋、建築設計士、郷土がん具研究家、テキスタイルプランナーなど、芝居再現のために存在するような熱意ある面々がそろっている。 桐生市にゆかりの深い彫刻家、掛井五郎さんらの協力で、現代版の人形作りも計画している。61年には当時の歌手、コロムビア・ローズと朝倉ユリのそっくり人形が「羽衣」を演じたり、「白雪姫」のからくり芝居があった。古いものを大切にしながら、現代ならではの芝居を作ってみたい。かつて桐生に住んでいた作家、坂口安吾の妻である坂口三千代さんが「クラクラ日記」という本に、からくり芝居の思いでを記している。「弁慶」を上演していた小屋のすぐ目の前に住んでいて、朝から晩まで極大の音で鳴り響く音楽が締めきり間近の安吾の執筆を大いに妨げた、というものだ。目抜き通りが芝居の見物客であふれ返った、かつてのにぎわいをもう一度、取り戻したい。(やまが・えいすけ=銃砲火薬商) |